こんにちは。交通技術ライターの川辺謙一です。
今回は、「鉄道史を深く知るなら道路史を学ぼう」という話を書きます。
鉄道史の本に書かれたことがすべてではない
「え? なぜ鉄道史を知るのに道路史を学ぶ必要があるの?」
そう思う方は多いでしょう。
結論から言うと、鉄道史には、道路史を知らないと見えない部分が存在するからです。
とくに日本の鉄道史は、日本の道路史を知らないと見えない部分が多々あります。
その理由を、本を例にして説明します。
鉄道史を知りたいと思ったら、多くの方はまず鉄道史の本を読みますよね。
ただし、鉄道史の本に記されたことが鉄道史のすべてではありません。それは、「紙幅」という制限があり、鉄道史のすべてを1冊にまとめるのが難しいだけでなく、鉄道史の本では扱いにくい事実があるからです。
鉄道史の本は、基本的に鉄道に興味がある読者をターゲットにしているので、鉄道にとってネガティブな歴史的事実があまり書かれていないことがあります。
とくに日本では、鉄道趣味が発達しているので、日本で出版された鉄道史の本はこの傾向がよく見られます。また、海外の鉄道史をほとんどふれず、日本の鉄道史におけるポジティブな出来事しか記されていない本も少なからずあります。
このため、日本の鉄道史の全体像に迫るには、「鉄道以外の輸送機関の歴史」や「海外の鉄道史」を知る必要があります。なぜならば、日本の鉄道そのものだけではなく、それを取り巻く環境の時間変化を把握しないと、歴史の全体像が見えて来ないからです。
なお、この記事では、日本における「鉄道史と道路史の関係」に迫るため、「海外の鉄道史」の話は割愛させていただきます。
日本の鉄道にとってネガティブな事実の代表例が「他交通の発達による鉄道の衰退」です。とくに道路網の充実による自動車交通の発達が、鉄道に大きなダメージを与えたことは、もっともネガティブな事実です。
この事実は、日本の鉄道史の本にあまり記されていません。
だから鉄道史を深く知るには、道路史を知る必要があるのです。
道路整備がないがしろにされた歴史
日本では、明治時代から鉄道整備が優先されたいっぽうで、道路整備は1950年代までないがしろにされてきました。それは、鉄道が国家の近代化に必要とされてきたことや、道路の必要性が長らく認識されていなかったことが関係しています。
そこで私は、このことを踏まえて、2020年11月23日にツイッターで以下の記事(ツイート)を投稿しました。
鉄道史を深く知りたいなら、道路史を学ぶのが早道です。日本では1950年代まで交通政策が鉄道偏重で、道路整備がないがしろにされた歴史があります。このことは、道路史の本には書いてありますが、鉄道史の本にはほとんど書いてありません。だからこそ、道路を通して鉄道を知ると理解しやすいのです。
このツイートは、内容のめずらしさゆえか多くの方に読んでいただけました。また「学ぶための参考書を教えてほしい」というご質問もお受けしました。
そこで今回の記事は、私がおすすめする参考書として、以下の2冊をご紹介します。
- (1)武部健一著『道路の日本史 古代駅路から高速道路へ』
- (2)ワトキンス・レポート
(1)武部健一著『道路の日本史 古代駅路から高速道路へ』
1冊目は、武部健一著『道路の日本史 古代駅路から高速道路へ』(中公新書2015年)です。
本書は、日本の道路史の全体像を俯瞰することができる貴重な書籍です。新書なので、一般の書店で購入することができます。
邪馬台国の頃には獣道しかなかった日本列島も、奈良時代になると幅12mの真っ直ぐな道が全国に張りめぐらされ、駅馬の制度が設けられた。中世には道路インフラは衰退したが、徳川家康は軍事優先から利便性重視に転換して整備を進める。明治以降は奥羽山脈を貫くトンネルを掘った三島通庸、名神高速道路建設を指揮したドルシュなど個性溢れる人物の手によって道路建設が成し遂げられる。エピソード満載でつづる道路の通史。
中公新書『道路の日本史』紹介ページより引用
これを読めば、以下のことを知ることができます。
- 日本では道路整備が長らくないがしろにされたという事実
- 鉄道偏重だった交通政策
(2)ワトキンス・レポート
2冊目は、アメリカのラルフ・J・ワトキンス氏が率いる調査団(計6名)が1956年にまとめた調査書『日本国政府建設省に対する名古屋・神戸高速道路調査報告書』、通称「ワトキンス・レポート」です。これは、日本初の都市間高速道路(現在の名神高速道路)を建設する妥当性を検討するため、建設省がアメリカの調査団に要請した調査の結果をまとめたものです。
残念ながらこの「原書」は一般販売されていないので、国立国会図書館などの限られた施設でしか読むことができません。
ただ、この報告書で日本における道路整備の大幅な遅れを指摘されたことは、建設省にとって衝撃的で、日本の道路政策が大きく変わるきっかけになったとされています。先ほど私が「1950年代まで」と書いたのは、本書が記され、道路政策が大きく変わったのが、ともに1950年代だったからです。
これを読むと、『道路の日本史』に記された内容に対して理解を深めることができます。本書の冒頭には、当時のアメリカと日本の道路事情を示す写真が掲載されており、日本の道路事情がアメリカのそれよりもはるかに悪かったことがわかります。
なお、2001年には、ワトキンス・レポート45周年記念委員会編の「復刻版」が勁草書房から出版されています。この書籍には、「ワトキンス・レポート」が記された背景や、建設省に与えた影響、本編ではふれていない裏話なども記されています。
道路の発達と鉄道の衰退
ちなみに、国内における輸送シェア(分担率)において自動車が鉄道を追い抜くのは1970年代です。それまで鉄道が長らく国内交通の主役であり続けたのは、道路があまりにも貧弱で、自動車が鉄道の競争相手にならなかったからです。
このことは、日本の鉄道史、とくに日本における鉄道の衰退を知る上できわめて重要な事実です。
ところが、この事実は、鉄道史の本にほとんど書かれていません。これは、日本で記された鉄道史の本の多くが鉄道を楽しむ人をターゲットにしており、鉄道にとってネガティブな記述を回避した結果だと私は考えています。
鉄道に興味を持ち、その歴史をより深く知りたいと思った方々は、ぜひこの2冊を読んでみてください。そうすれば、道路史を通して鉄道史に意外な側面があることがわかり、鉄道をより深く理解することができるでしょう。
おわりに
最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
今回書いた鉄道史と道路史の関係の詳細については、拙著『東京道路奇景』に記しています。
この本は、東京の道路が織りなす不思議な風景を「東京道路奇景」と呼び、それができた背景を探ることで、東京の都市計画や交通の歴史に迫っています。また、東京の道路網が計画の約6割しか完成していないという「未完成」ぶりから、東京という都市が持つ「伸びしろ」を探るという試みもしています。
もしご興味がありましたら、こちらもご覧いただけると幸いです。もちろん電子版もあります。